昭和56年10月26日 朝のご理解  入力者松本正宏


 御理解第四十六節 「痛いのが治ったのでありがたいのではない。いつもまめながあ
           りがたいのぞ。」

 色んな御願いをしてそれが、成就する。いわゆる痛いのが御願いをして治る。もう確かにそれもあり難いのだけれども、いわば不断の信心と申しましょうか。平穏無事の時に本当にあり難いと分からせて頂くという事は、やはり、その為の修行、その為の信心修行こそ本当の信心修行だという風に思います。心が充実しておらないと、あの、そのお礼の心に、その理屈の上にはすぐに分かるご理解ですよね。今日のご理解は痛いのが治ったのがあり難いのではない。いつもまめなのがあり難いのぞと。そうどころじゃないとすぐに分かるのですけれども、その、何でもない時に本当にあり難い、痛いのが治る。それもあり難い、ではない、普通の時にありがちい。それを感じれれる心を頂く事の為に信心しよる。まあ、これは難しいといや一番難しいことだと思うです。ね。そすると、いつもかつもあり難いという事になるのですから。この度の東京支部の御大祭、まあ本当にあり難いお祭りでした。今度はあの、八足から御三宝、一切新しいのが、出来ておりまして、何かその、お祭りの雰囲気も一段と何かこう清々しいあり難い特にあの、青年層の方達が多かった事。本当にあり難い。お祭りの後の御直会の後で、来月から青年、東京合楽支部青年会の発会、その青年会の方達を中心にして、信心研修をやろうという話が出来たという事を聞きました。もう本当にまああり難い事だと思います。そして、その何というでしょうか。神様の御演出というか働きというか、もう一つ一つ思いますと、本当に恐れ入ってしまうのですけれども、二十四日二十五日のもう本当に充実した、二日間でありました。出発にあたってから神様に御届けをさせてもらいましたら、ム、カタカナのム、そして、丁度人間が歩いてような形で下のこう、充実の充という事になりますでしょう。むを書いて、こう、丁度、歩いて行っている形ですね。こうすると。ね。これで行けという事であろうと思いました。いうならばあああって欲しい、こうあらなければならない。どうぞという風なものではなくてです、ね、もう本当にまあ、いわゆる我情我欲を離れて真を大道を開けみよ、我が身は神徳の中に生かされてある。なるほど、御神徳の中に、二日間の行動をさせてもらえる。いわゆる、無の状態でいけよと。いう事である。そういう意味で初めて、私は充実した日々であった事も、そういうまあ私が心掛けて参りましたからだという風にまあ思わせてもらいました。どうぞ、あああるように、こうあるように、これはお互い、我情ではない我欲ではない、色々思いますけれども、一番、やはりあの充実した、心の状態というのはあれこれを望まないでおるのにも関わらず、かくまでおかげを下さってという時が一番充実した心ではいでしょうかね。始めはどうぞどうぞと御願いしておったら、その御願いどおりになったというのはあり難いですけれどもね、いわゆる、我情をとり我欲をとらせて頂く無の状態でそこに頂けれるもの一切がだから、不平でもない不足でもない、思わんでも済むような充実したものがここに一杯頂けるという事はそういう事だと。私今日のご理解からね、これは、なるほど、ご理解を頂けばすぐ分かるという事は分かる。それはそうどころじゃないですね。平穏無事であるという事ほどあり難い事はないですね。だからその、平穏無事の時にいよいよあり難いという心。充実したおかげの頂けれるいうならばお礼ばっかり申し上げる世界というものが頂けれるためにはいよいよね、いわゆる我情をとり我欲をとりいわゆる無の状態でいうならば、おれれるという事がです、このようにあり難い、充実した日々を送ることができるのだと、そういうようないわば難しいことがこの御教えの根底にはあるように思います。
 いつもまめなのがあり難い。いつもまめなのがあり難いのだけれども、そのいつも何でもない時にいわゆる、充実した喜び。分かっただけではいかん。ね。それはそういう状態にあるときにいわゆる神様の下さる一切の物があり難いおかげという風に頂けれるのですから、いわゆるいよいよまめの時もいよいよでない時もいつもの時もあり難いという心の状態というのは、やっぱり自分というものが、いわゆる無の状態である。初めて充実した喜びというか、充実したおかげというものは、まあ私が行きがけに頂いたやっぱり、例えば飛行機も無事安全でとか道中皆、無事にとか、参りましたらどうぞまた、盛大なお祭りが出来ますようにとかというそういう祈りとかそういう願いとかというものが全然ないという世界。ね。いわゆる自分というものを空しくすることだけに精進していけば、下さるもの全てがあり難いという事になるように思いますね。
                                     どうぞ。
 充実した今日一日でありたい。